日食一覧

日食一覧

日食の一覧です。ご参考まで・・・。

1919年5月29日の日食

この皆既日食は、南アメリカ大陸の西側から始まり、赤道を超えたアフリカ大陸の西側で最大食を向かえ、アフリカ大陸の東側で終わった日食です。皆既日食は6分51秒継続しましたが、これは20世紀中で5番目に長い皆既日食です。ちなみに21世紀中最も継続時間の長い2009年7月22日の日食は、この日食より12秒短いものでした。

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観測

この皆既日食は、アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論が正しいことを実証した日食として有名です。特にプリンシペ島でアーサー・エディントンが行った観測が有名です。プリンシペ島は、最大食を迎える地点からわずか33kmと条件のいい場所にあるためです。一般相対性理論によれば、重力場によって時空がゆがむと、そこを通過する光はそのゆがみに沿って曲がります。これを観測者からみれば、見かけ上光源の位置がずれているように見えます。これは、重力がまるで凸レンズの役目を果たすことから重力レンズ効果と呼ばれています。理屈上は、太陽のすぐそばを掠めるようにやってきた恒星の光も曲げられ、見かけの位置がずれているように見えるはずですが、太陽は極めて明るいため、そばにある恒星を観測するには、太陽が暗くなる皆既日食しかないのです。

理論

理論上、1.75秒というわずかなずれが発生します。これは、ニュートン力学で予測されるずれの2倍です。観測の結果、1.61秒というずれが観測され、一般相対性理論とニュートン力学で、一般相対性理論の方がより正しい値を予言したことから、一般相対性理論が正しいという結論となりました。また、ブラジルではアンドリュー・クロンメリンが同じく重力レンズ効果の観測を行いました。

1997年3月9日の日食

1997年3月9日の日食は、1997年3月9日に起こった皆既日食です。食分は1.042。この日食の見られた地域は主に東アジアとアラスカです。モンゴルからシベリア東部(アルタイ、ブリヤート、チタ州とサハ共和国)を横切る細長い帯状の地域で皆既食が見られました。皆既食の最大継続時間は2分50秒。この皆既食が見られたのは寒冷で人口がまばらな地域で、もっとも大きな都市は人口38万人(当時)のロシアのチタでした。ロシアのイルクーツクやモンゴルのウランバートルなどはわずかに皆既帯から外れていました。しかし、冬期の大陸の真ん中で起こるため晴天率が高く予想されること、日曜日の日食のため休暇取得日数が最小限で済むこと、偶然にも当時出現していたヘール・ボップ彗星が皆既中に肉眼でみえる可能性があることなどから、日本からは日食ツアーがいくつも組まれていました。

日食概要

皆既帯にある地域の気温が氷点下20~30℃と低温が予測され、撮影機材等の耐寒が要求されたため、当時既に撮影機材の電子化が高度に進んでいたにもかかわらず、電池が不要な機械式カメラの使用者が多くなった特異な日食でもありました。

ロシアでの日食観測

シベリア南東部、ロシアのチタ市では、中心部から7km程離れた郊外の丘陵地で日本からのツアーに参加した観測者約50人が氷点下20℃前後の寒気の中、日の出前(赤道儀のセッティングのため)からカメラ等を並べました。日の出時点で空は曇りがちでしたが、日食が始まる直前の8時半(現地時間=日本時間)ごろようやく晴れ間が見えました。日食が始まると、近所の住民や子供たちもフィルムの切れ端を目に当て、空を見上げました。そして皆既が近付くにつれ、急激に冷え込みが増し、温度計の目盛りは氷点下22℃に。10時前、ほの暗い空にコロナをなびかせた黒い太陽が現れた。太陽から少し離れて水星と金星も観望できました。期待されたヘールボップ彗星は存在を探したものの、雲に隠れて見えなかったのが残念だったそうです。そして、皆既日食の最後を飾るダイヤモンドリングの瞬間、花火が上がり、拍手が起きました。モンゴル方面でも多くの観望者が訪れたが、雲が広がり、皆既食を観望できなったそうです。

日本での日食観測

日本では各地で部分日食が見られました。緯度が高い地域ほど欠けが大きくなる傾向にあり、各地の最大食分は次の通り。

  • 稚内:0.791
  • 札幌:0.75
  • 仙台:0.673
  • 新潟:0.683
  • 富山:0.675
  • 東京:0.633
  • 名古屋:0.648
  • 京都:0.655
  • 広島:0.669
  • 福岡:0.668
  • 名瀬:0.565
  • 那覇:0.529

2006年3月29日の日食

2006年3月29日に南アメリカ、北アフリカ、ヨーロッパ、西・中央アジアで日食が観測されました。北アフリカ、西アジア、中央アジアでは皆既日食も観測されました。

2008年8月1日の日食

2008年8月1日の日食は、2008年8月1日に北半球で見られた皆既日食です。日食は、太陽と地球の間を月が通り過ぎる際に起こり、地球から見た太陽の像の全部または一部が欠けます。皆既日食は、月の見かけの角直径が太陽よりも大きい時に起こり、太陽からの全ての光が遮られて昼間なのに暗くなります。皆既日食は地球上の狭い通り道でしか見られませんが、部分日食は幅数千kmの広い領域で見られます。

日食概要

2008年8月1日の日食はカナダ北部(ヌナブト準州)、グリーンランド、ロシア中央部、カザフスタン東部、モンゴル西部、中国を通る狭い通り道見られ、等級は1.0394になりました。北極圏の北部では、いわゆる白夜の日食が見られました。皆既日食が見られた最も大きな都市はロシアのノヴォシビルスクです。皆既日食は2分間続き、10,200kmに及ぶ地球表面の0.4%で見られました。126番の系列のサロス周期の47番目の日食です。そして部分日食は、北アメリカ北東部やヨーロッパ、アジアの全域を含む月の本影の通り道にあたるもっと広い領域で見られました。

概要の始まり

日食は、9時21分UTにカナダ極北のヌナブト準州で始まりました。皆既日食が見られた幅は206kmで1分30秒続きました。日食の領域は北東に移動し、グリーンランド北部を通って9時38分UTに最北の83°47′に達し、ロシア方向に南下し始めます。皆既日食の経路は、9時47分UTに北東端にあたるスヴァールバル諸島のクヴィト島に達しました。日食は10時10分UTにロシア本土に達し、232kmの幅で、2分26秒継続しました。最大の日食はその直後の10時21分7秒UTにナディム近郊の北緯65度39分 東経72度18分の地点で起こり、この時は幅237km、継続時間2分27秒でした。皆既日食の経路上の都市には、メギオン、ニジネヴァルトフスク、ストレジヴォイ、ノヴォシビルスク、バルナウル等があります。最大の都市ノヴォシビルスクには日食を見るために集まった1万人の旅行客がいたそうです。

日食の終結

皆既日食の経路は南東に向かって進み、モンゴルを経由して10時58分UTにカザフスタンに到達した。幅は252km、継続時間は2分10秒だった。その後、モンゴルと中国の国境を通って11時18分UTに中国に入った。夕暮れ時で、日食は1分27秒続いた。義烏市、西安市等で見られたが[4]、皆既日食は11時21分に終わった。義烏市には、日食を見るために1万人が集まった[3]。

部分日食

部分日食は、北アメリカ北東部やヨーロッパ、アジアの全域を含む月の本影の通り道にあたるもっと広い領域で見られました。ロンドンでは、部分日食は8時33分GMTに始まって、9時18分に最大で12%が欠け、10時5分GMTに終わりました。エディンバラでは太陽の23.5%、シェトランド諸島のラーウィックでは36%が欠けました。

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